非論理とは何か

前稿で乙武氏の言を理不盡とした。どういふことか? 形式的なものが所謂名誉毀損などの根も葉もないことの流布である。加えてより實質的で文章によく見られるものに、條理に合はぬ非論理がある。乙武氏は「イタリアン入店拒否について」と題した記事で以下の樣に言ふ。

僕が公開したことによって店側に抗議の電話などが行き、業務に支障などきたしていたら、それは本当に申し訳ないし、本意ではない。

記事が何を目的にしてゐるかは不明瞭だが、乙武氏は店側に配慮した自身のマナーの良さをアピールしてゐる。しかし、それが上邊だけのものであることは以下から判る。

客とか、店主とか、そんな関係性を抜きにして、はなから相手を小馬鹿にしたような、見下したような、あの態度が許せなかったのだ。彼の本意がどこにあるにせよ、こちらにそう受け取らせるコミュニケーションに、僕は深く傷つき、腹を立ててしまったのだ。

本当に「業務に支障などきた」すのを心配するのならば、相手の「態度」の惡さを論ふことはない筈だ。惡評を擴めれば抗議だつて來るのは想像に難くない。さらに「こちらにそう受け取らせる」やうな態度が原因で、「本意がどこにあるにせよ」「傷つ」いたのだと被害者であることを印象附ける。

この矛盾が判る人ばかりではなく店舗業務を妨げる可能性が大きい。乙武氏が上記の樣に書くのはそれが判らない讀者を多く抱えてゐるからだと推察する。そのことを心配して差し上げる義理もないのだが、攻撃される店側は辛く、條理に合はない。どの樣な和解があらうとこの文は非論理である。

■追記

さて今囘乙武氏、店主雙方のブログを讀んで恐らく今後の事態の推移はかうならうと云ふ讀み筋が立つた。乙武氏は店主の店に行けないだらう。と云ふのは、店主の事前に聯絡を入れて欲しいと云ふ求めに同意してをり、聯絡するならば今囘の店側の應對を不當とする彼の支持者たちにとつては、乙武氏が折れることを意味し、乙武氏は面子を潰すことになるからだ。だから、よほどの局面の變化がない限り、再訪はない。店の原則を呑ませた店主側の勝ちである。店主のブログは謝つてゐる樣に見えてその一點は守り抜いた。それに對して、つまらぬ繰り言を延々ぐだぐだ書いてゐたのが乙武氏のブログである。

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