マクマーフィーへの共感

「カッコーの巢の上で」は私がこれまで見た中でも、最高の出來の映畫である。つまり、共感できる。管理への日常の怒りが組織的に表現されてゐるのである。これを足場にしてといふやうなわけにはいかないのだらうが、患者たちが不滿を表ざたにできないやうにもってゆく管理側のやり方、感受性を保ちながら、私的なデリケートな事情を公衆の餌に供さずに濟むやうな人間的な生活を奪う、支配欲の塊で組織の犬のやうな看護婦長や黑人の病院職員への怒りが湧き起こるやうに作られてゐる。

ここら邊の役どころには注意しなければならぬのだが、かといって、そのやうな事例がなかったわけでもなく、ナースは女であったし、日常的に病人を管理してゐたのは自明だから、このやうなことも十分にあったと考へられる。女性差別、黑人差別などといふやうな輩は、笑止千万なのである。もちろん、そこに白人の男性醫師たちが表には出ずに、事なかれ主義の病院運營を行ってゐたことも描かれている。これは、私の予防線である。痛快な主人公マクマーフィーは最期に敗れるが、どのやうに精神醫療への怒りを紡ぎ、表現していくかといふときに、とても參考になる。

同時に借りてきた「ビューティフル・マインド」といふ統合失調症の數學者の映畫には失望させられた。といふか、安い感動に浸る自分にがっかりした。これはいけないなと思ってはいるのだが、ノーベル賞、症状の好轉、自信過剰な性格から奧ゆかしい性格への變化などの釣りに、好印象を覺へてしまうのは、自分の中の權威主義である。否、この映劃の問題は、現實と幻覺の峻別か、幻覺の許容かといふどちらかのスタンスをとらねばならぬのに、幻覺を現實を認めることを許容しながら、それらの峻別による果實である症状好轉、ノーベル賞受賞を描いていることである。これは恐らく原作のスタンスの甘さが反映されてゐるのだらう。

男たちよ狂氣のなかで戰へ!

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